不安や恐れを煽る記事は吹き飛ばしてやればいいんだよ。
手軽だからこそ気を付けないといけない。
今の時代情報を得るのはとても簡単になってきている。
その代わり、それが正しいのかどうかは不確かになっているとも思う。
自分の姿をテレビに映せるなんてまず無かった時代。
今は手軽に画面に自分の姿を映して投稿できるもんね。
これすごいなって思う。
ちょっとした映画もできたりして。
私自身もこうしてブログを投稿したりSNSを使って気がついたときだけですけど呟くのは
目的があるからですね。
その投稿に煽ったり不安を与えるような内容は極力避けているつもりではあります。
ひょっとしたら内容によってはそうじゃないのもあるかもしれません。
全ての人を対象にはなかなかできないし
自覚しているのは性虐待についての記事では「鬼畜の所業だ。」
とハッキリ書いたのを覚えていますから。
私の記事は夫婦関係の記事であったとしても
子供の立ち位置で書いている記事が多いのですが
そこには親御さんに対してきつい書き方をしているものもあると思います。
ただ、その親御さんも子供時代があったはずで
今はもう大人だけど子供時代の自分を思い出していただけたら良いな。
…と思って書いています。
そして夫婦関係では、ご自身の子供時代の背景が
パートナーとの関係に影響を与えていることがあるので
そこが必要な方のヒントになればいいな…という思いもあります。
さて、少し話がそれましたが今回の記事は
まだ何モノかもわからないものに対して
憶測で色んな情報が飛び交って
人々を不安にさせ怖がらせた記事が飛び交った過去がありましたね。
そのものは確かに存在していて
色んな人に影響を与えたのは事実。
だけど全ての人が同じ症状が出たわけではないし
効果があった人もいれば無かった人もいる。
記事の内容によっては半年以内に逝くとか書いてあった記事もありました。
私の家族はその内容だととっくに全員逝ってることになります。
ですがこの先のことは実際の所、分からないですよね。
ただ、そのまだわからない物に対して憶測で専門家でもない人が出したり
どこかから引っ張り出して切り抜いて怖がらせるような内容もありました。
(もうその記事はどこに行ったか分からなくなってしまいましたが…)
だけどその文献を最初から最後まで読んでみたら
投稿されている記事のような内容では無かったとかね。
その目的が何なのかなって思うんです。
出す人の責任ってあるんじゃないだろうか。
以下のFacebook記事は、いつもの如く朝起きた時にふと頭の中に降りてきて
出した投稿でした。
手軽だからこそ気を付けたいなって思うんです。
その記事を読んで余計な不安を与え
それによってメンタルがダウンする人もいるかもしれない。
混乱してその家族も大変だった人もいるかもしれない。
だけど、そこは出した人には見えないし聞こえてこない。
そして、聞こえてきたとしても、こう言うかもしれない。
「読まなきゃいんだよ。」
「出すのは自由でしょ。」
「読む自由、読まない自由。」
「出す自由。出さない自由。」
う〜ん…そこに「責任」はセットできないだろうか。
私はそう思うんだけどなぁ〜
ただ、誰でも選ぶことはできますから。
確かに「読まない。」という選択もあります。
不安や恐れを抱えた人にとっては
とてもこれ難しいけどね。
そんな時は、どなたか吹き飛ばしてくれる人に聞いてもらって
一緒に笑い飛ばしてやりましょう!
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カウンセリングにクライエントさんが来られる時の目的は
それぞれだけど
カウンセラーは常にクライエントさんの「今」に注目し
心と思考の一致を大事にしております。
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414 夫婦・親子関係:自分のことを好きになれなくて…
これは私の場合です。私もそういうとこあるんですよ。
自分のことを好きになれない理由の一つとして書いてみました。
私の体験談ですので皆が皆同じではないと思います。
こういうこともあるんだなぁ~くらいな感じで読んでいただけると幸いです。
私は物心がついたときから親が発する言葉や行動をずっと耳にしてきた。
多くの人はそうだと思います。
親が「誰か」の前で発する言葉や行動と
その「誰か」が居ないところで発している言葉や行動は真逆だったりしました。
生き抜くためにはそういうことも必要な時もあるでしょう。
だからそれ自体は別にええんです。
その人がそれをやることで何かを代わりに得ている物があるのでしょうから。
それに
無理している自分がいるときは吐き出す時間も必要でしょう。
ただし
それを私の前でやり続けたことはアカンかったと思います。
まだ物事の判断や分別もつかない時期の子供の前でそういう姿を見せたことで
その大人に対して気が付けば嫌悪感を抱くようになりましたし
尊敬もできなくなりましたし
汚いともズルいとも思いました。
その人が誰かの居ないところでブツブツ文句を投げている相手は
私にとっても親ですしね。
私に聞かせずに
直接自分で言えばいいのに。
そう思ていました。
だけど子供ってものは何だかんだ言っても親の味方で居ようとするものです。
腹が立ってもね。
でも子供の時期はそうでも、大人になっていくと違てくるんです。
あ、これは私の場合ですからね。
墨の汚れは「染み抜き」してもなかなか取れない。
困ったことに真っ白な布に一点だけ墨が落ちたように黒い小さな点が出来て
それを長年放置したためにクリーニングで染み抜きしても取れなくなるように
大人になって一人暮らししたり結婚して物理的に体は離れても
脳内ではラジオが流れるようにことごとく場面場面で声が聞こえてくる。
それは
何かを買う時だったり
誰かと話している時だったり
テレビをみている時だったり
こうして考え方や物の味方や捉え方が誰かからの影響をもろに受け
(ポジティブなことだったら良かったんですけどね。
私が受けた影響の中でポジティブなものはなかなか見当たらなかったんですよね。)
もう一人の自分がそれを見た時
自分に対して
嫌悪感を抱いたり
イラっとしたり
ムカついたり
否定したり
そして自分を自分で好きになれなくなっていく。
これはとても本人にとっては辛くて悲しことです。
だから言いたい。
それらはすべて
あなたの考えではない。
あなたの捉え方ではない。
本当はそうじゃなくてあの時あの人が言葉を発した時
「なんで○○って考えられないの?思えないの?」
そう伝えたかった自分が居たと思います。
そんな思いがわいてきて投稿したのが以下の内容です。
外に言葉に出さずとも
心の中で気が付けば
いつもブツブツ
他人に対して呟いてる言葉
ないですかね?
これが他者に対して
日常的に自分がどう見ているかが
分かるかも
その見方は
受け継いだものも含まれる
ていうか
ほとんどそれかも💦
生まれたての私達は
そんなじゃなかったと思う
でも日常的に自分の周りにいる環境達から
シャワーのように浴びてきた言葉達を聞き続けてきたら
そら、それに埋まっちゃうわな
だからその呟きの言葉は
全てが自分発信の言葉じゃないからね
呟きながら自分の事を悪く思う必要もないし
気がつけたところがあればラッキーやし
他者に対してその言葉そのまんま思う自分がいても良い
自分に対してそんな風に思ってやれると良いね😊
親を選んで生まれてきた記憶はない。
人は生まれてくるとき親を選んで生まれてくる。
そんなことを聞いたことがありますが
だったらそれはとんでもなく偉い修行を選んだものだと思います。
そんなこと(親を選んで生まれてくる。)よく言ってくれたよな。
…ってそれを言った人に対して私は個人的に思いました。
ですが仮にそうだったとしてもです。
どんな親であろうとも完璧な親は居ない。
いえ、親をフォローしているわけではないんですよ。
自分から見て「○○さんの親は理解があっていいな。」
そう思う親であっても当人から見たら多分色々あるんよ。
だからって、自分はマシだとか贅沢言ったらダメとかいう話じゃないのです。
あなたが感じていることが大事なんです。
その感じていることを否定しなくていいんですよ。
誰かから見たらあなたの親のことを羨ましがる人がいるかもしれない。
でも、あなたにとってはそうじゃなくて色々ある。
例えば
お友達の前とそうでない時では別人だったらお友達に分かりっこないしね。
一人ひとり感じているところがあって、それはその一人ひとりにとって
とても辛いことなのですから。
世間はとか周りの人はとか普通はとか
そんなの
どーでもええんよ。
あなたが感じていることが大事なんですから。
必要な方に届きますように…
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今回、前半と後半にブログに書いていない内容を含みます。
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#413 人間関係:本当に皆が同じことを思っているかは謎!
力で引き付けていても人の心はどうすることもできないものだよ。
だから逆を言えば誰の心も操作できないんですよね。
面倒臭いからさ、その他大勢でいいや。
って人も居るでしょう。
本当はやりたくないし参加したくないけど断ると後が面倒だからな。
とかね。
でも
それが出来ない人が居てもいい。
自分の時間を大事にする人が居てもいい。
仕事とプライベートをきっちり分けたいと思う人が居てもいい。
ちょっと人より技術が高いことで周りから四面楚歌にされるくらいなら
無理に仲良くしようと思わなくていいしね。
つまり全てのコミュニティーで友達が居なくてもいいんです。
究極
遠く離れたところであっても
自分の味方が一人いればいい。
そんなことをふと思って先日Facebookに投稿しました。
↓
一人味方がいれば
大体大丈夫よ。
離れていても
自分のことを応援してくれる人が一人いたら大体大丈夫よ。
自分は孤独だとか
誰も味方がいないとか
周りはみんな敵だとか
そう思う時もあるけど
ちょっと思い出すと
例えば仮に自分の子供とか
大事な人が
うまくいかないことがあって
四面楚歌で
相談して来た時
それはあんたが悪い
て言う?
(昔の昭和世代の親ならあり得るかもやけど😅)
多分全面的に応援するのと違うやろうか。
離れていても
その場から祈り応援すると思う。
てか私はそうする。
その心を自分にも向けてあげて。
そしてきっと
一人はいるよ。
応援してくれる人。
そしたら
大体大丈夫やで😊
久しぶりにオラクル引いてみた。
こんなの出たので残しておこっと!
ちなみにこのカード
整理整頓やて。
人の心は外側の環境とリンクしていることが多い。
でもその逆も然り。
だから大勢を見ず
応援してくれている人の存在を
覚えておくと良いね。
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#412 私の子育ては沢山傷付けてきたし親としては赤点だらけだった。
カウンセリングを知ったことで視界が広がった。
私が子育てをしていた約30年前
私が今日書いたブログのような内容を伝えてくれる大人が
すぐそばにいてくれたらよかったのにな…と思う事が多々あります。
(だからって今の私が過去の私をダメ出ししているわけではありません。
幼い私を見る親のような目で見てそう思うんです。
そんな私がいたよねと。)
沢山自分の子供達を知らなかったとはいえ
心に余裕がなかったとはいえ
傷付けてきたと振り返ると思うことがもう山のように沢山💦
今この世は大変な時代に入っていて
私達が生きていたあの時代とはまた違う大変さがある世界になっていて
どうか、どうか、心は豊かであれと祈ります。
大事なのは失敗した時どんなサポートを得られたかです。
幼い時期って実は結構残酷なことが平気で言えたりする。
まだ幼い時期の子供の多くは「自分がいて相手がいるんだ」
というところに到達できていなかったりするからね。
だから自分中心だった世界からある日突然
他者から自分では思いもしないことを言われてビックリして心が傷つく。
という経験をする。
それをお互い経験しながら自分なりに傷ついた時の対処法を身に付けていく。
良くも悪くもです。
転んだ時。
失敗した時。
間違った時。
うまく話せなかった時。
周りのお友達から傷つくことを言われて、今後はそういう時はどうするか。
を決断するからね。
あの時周りから言われた言葉が呪縛になって先々で自分の心の声が聞けなくなる。
似たようなシーンが再演された時、仮に周りの人達から何も言われていなくても
「きっと皆んな内心〇〇と思っているに違いない。」
そう思い込むようになる。
もし、その瞬間、もしくは家に帰ってから話せる環境があって
その周りの環境達から
ひたすら話す自分や
いえいえ💦
話せなくても話せないままでいる自分や
ただただ涙が止まらないでいる自分や
怒りに溢れている自分であったとしても
つまり
どんな自分であっても丸っと受け止めてもらえる環境があったら良いなと思うんです。
そしたら
どんな自分も受け止めてもらえたことで
自分を肯定し前進する力になるかもしれない。
いらん慰めやアドバイスじゃなくて
ややもすればそれらは返って更にその子を否定し傷を上塗りしかねないからね。
その時押し当てられた言葉は
自分を否定するような呪縛の思い込みを、意図せずあてがってしまうかもしれない。
人は経験した時
その経験をどう受け止め
その受け止め方次第でその後の周りに対しての
かける言葉や受け止めが変わってくるのではないかと私は期待するんです。
それが教育ではないかと…
そな想いが湧いて昨日は以下のような投稿をしました。
温かい思いが満ちると良いなと思います。
自分の声に耳を澄ませて
てよく言うんやけど
何かをやるかやらないか
行動するかしないか
そんな風に悩む時
悩む理由が
それやらないと〇〇になれないかも
とか
それやらないと〇〇になってしまうかも
とか
そんな呪いというか呪縛があって
その為に
やる とか
行動に移す とかだと
自分の本当の声を聞けていないかも。
それとはまた反対の方向で
敢えてやりたくない事にチャレンジしてみる。
ていうのも有りだとも思っていて
その場合食わず嫌いみたいな感じで、やってみたら面白かった!
みたいな新たな発見とか成長とかもあったりして。
何かに囚われて起こす行動と
やりたくないことにあえてチャレンジする行動は
両方とも「やりたくない」ようで中身が違う。
まぁ、それでも
やりたくない理由の一つに
「失敗が怖い」
ていう時は
怖い怖い💦
てカウンカラーに言いながら行動するのも有りやし
まだ無理やねん!
て訴えて やらない もよし。
そんなことを今朝ふと思いました。
今日は奈良は朝から雨〜☔️
愛犬チワちゃんお散歩はお休みだねぇ〜
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#411 抱えさせられた問題が大きすぎて取り扱えないから放棄するしかなかったんですよ。
謝罪の大切さ
抱えきれないのに大きな荷物をずっと背負って来たんです。
そりゃ、ぶん投げたくもなります。
だって、あなたは何にも悪くないんだから。
それなのに、いまだに当事者は引き取りに来ない。
来ないどころか、これまであなたに持たせ続けて来たことに対しても
謝りもしないし多分、気づいてもいない。
『これは元々私のものじゃないのに
なんで私が背負い続けなければいけないの?』
そう思って当然。
怒って当然なんですよ。
先日(2025年1月9日木曜日)ある方からスーパーバイズを受けました。
詳細はSNSで投稿しておりますので興味がある方見てみてください。
心理カウンセラーはクライエントの『今苦しい状況』を聞かせていただくお仕事です。
『今苦しい。』
その苦しさは今この瞬間に起きているようで実は随分前の過去と繋がっていて
まるでレコードが傷ついて同じところを針が飛んで進まないような感覚です。
(レコードという言葉は昭和世代しか分からないかもですが💦)
前に進みたい。
だけど自力で今まで頑張って進もうとして来たけれど何をどう足掻いても進まない。
そして誰かの手を借りる決心をしてカウンセリングの扉を叩く。
カウンセリングを受けることで少しずつ前に進めるようになる人は多くおられます。
だけど、、、
どこのカウンセラーのところへ行っても
セラピーを受けても一向に進めない。
仕舞いには何かに取り憑かれているのではないかと
除霊に行く人もおられるかもしれません。
それでも進まない。
カウンセラーをされている人の中にはご自身が壮絶な過去の経験をされていて
この仕事にたどり着いている人もおられるのではないかと思います。
私も壮絶かどうかはさておき、(いや、結構ヘビーです。)
どうしても進めないものを持っておりました。
(過去形で書いておりますが、実際はまだまだあるかもしれません。)
定期的にスーパーバイズは受けておりますし
受けてみたいという方が見つかったら、その都度お願いして受けております。
今回はその時のことを備忘録として。
そして今まで自分と近いクライエントさんのことも思い出したりしたので
ブログに残しておこうと思います。
諦めるということは決してマイナスではない。覚悟ができた瞬間です。
本当の意味で諦めがつく時は
あれこれやり尽くして
どのルートで行っても結局
一時的に景色が澄んだように感じても結局また靄がかかって
同じところに突き当たる
それを何十回、何百回と繰り返してきて
ある瞬間
『今まで自分で取り組もうともせず』
「他者任せ」にしていたことに
気がつく
まぁ、それ相当の過去があるから…
なんですけどね💦
(ここで注意しておきたいのですが
時々「あの人、重いよね。闇深いよね。何故あんななのかしら?」
ってことを言う人いますけど、
好きで重くて闇が深い人をやってる訳じゃないんです。
彼らこそ「軽く生きたい。」と切に願っている。)
『今まで自分で取り組もうともせず』
「他者任せ」にしていたことに気づき
そこで初めて自分に矢印が向く
『あの人もこの人もアカンかったやん💨』
ではなくて
取り組むことを放棄していた自分に
「頭」ではなくて、「心と体」で気付く
お〜!
やっときたぜよ!
みたいな感じで笑いが起こる
そして、やっぱり諦めきれていなかった自分の愛しさよ😢
まぁ〜ホンマな
よぉ〜頑張ったぜよ。
手放したくて
こんなの見たくないからサッサと捨てたくて
でも抵抗すればするほど粘着質で
放す方法を知りたくてカウンセリングを受け続けて
それでもコールタールのようにネットリしていて…
遂に匙を投げる。
でも、
やっと腹が決まる。
「なるほど、もう手放すのは無理やな。
ならば一生抱えて生きてやるわ。」
我ながら恐ろしい決断をしたものです。
謝罪がどんなに大事か
その瞬間、思い出したのは
・父親から性虐待にあっていてもなお
「あの人はそれでも私の父親なので
謝罪してほしい。」
とテレビのニュースで見た女性
・ドラマ「MIU404」の2話。
父親と上司が重なり殺してしまった。
父親から幼少期に強い抑圧を受けて来た少年時代。
人を殺したことを告げに何年ぶりかで逃亡しながら何とか実家に帰るのですが…
父親はすでに2年前に亡くなっていました。
『一度も謝ってもらっていない!死んでしまったら人を殺しても復讐にならないじゃないか!』
確かそんな内容の言葉を犯人役の男性は最後に言っていた。
やった側はその瞬間に終わっているかもしれない。
でも
やられた側は、その瞬間から苦悩と苦痛で生き辛さを抱えて生きていくことになるんです。
まだ幼い子供です。
生きていかなければならないわけですから
そこがどんなに地獄であろうと
何があっても堪えて辛抱して居続けるしかないんです。
だから何歳になっても何年経っても「沢山のあの時のこと」を
謝ってほしいのです。
その謝罪を受け入れるかどうかは、また別
でも、人として謝ってほしいのですよ。
現実はそう簡単ではないので
ここでどう決着つけるかは
その人が自由に決めたら良いのです。
法を犯したりしない
最も自分が納得できる方法なら
何でも良いのです。
あのな
手放せ
手放せ
赦せ
赦せ
て言う人は
自分がそれやっといてくれたらええんよ
他者にそれ押し付けたらアカンですわ
赦さないことでスッキリするなら、ええやないですか
イメージの中で手放さず
握り潰してもなお
そこに正座をさせ頭を下げさせ
一生怒りをぶつけ続けることで
スッキリするなら
それもええやないですか
見てる人がしんどいなら
それはその人の問題
当事者がそれでええんやから
そうさせる自由くらい与えろや
て思う
それでその人が生きていけるのなら
全力で私は応援する
カウンセラーも人間なので…
スーパーバイズが終わって数時間経った時
言葉が湧いてきて一気にメモに書いたのが上記の内容です。
カウンセラーは100%澄み渡った心の状態でいつもいられているわけではありません。
(あ、これは私の場合です。
どのカウンセラーも…って言うと他のカウンセラーの事は知らないので。)
心理の勉強はし続けておりますし、実際にワークもしますし
資格を取る為にある程度の自分の問題について取り組んで学びは深めます。
ですが、あの資格を取る為の学びの場では
とても浅い部分についてしか取り組んでいなかったと私は思っています。
あの学びの場に出る前に私自身はすでにカウンセリングを受け続けておりましたし
自分自身結構ヘビーな問題を持っていることも知ってましたしね。
けど、そこをその学びの場で出したら多分誰も取り扱えないことも知っていたので
自分の専属のカウンセラーから受け続けておりました。
それでも終われない。
クライエントからの話に反応する自分も沢山今までいました。
クライエントとのカウンセリング中は棚上げして
後から必ずそこについてはスーパーバイズで取り扱って受けて来ました。
そうやって一個一個自分の内側の問題を見つけてはクリアーにしていく。
地味ぃ〜な仕事です。
ただここだけは胸を張って言えます。
その自身の痛みを取り扱う時の怖さ。
(あ、ですがこれ、カウンセラーとしてはワクワク感もあります。)
自分の内側の深い暗い部分に一瞬光が当たった時
海底から一気に上がってくるような感覚。
内容によってはジワジワと浮き出てくる感覚。
その時、共に伴走してくれているカウンセラーの存在。
一人では絶対無理な場面に行けるのは
このカウンセラーが立ち会ってくれているからこそなんですね。
それを私自身が身をもって知っているということ。
これは強味です。
クライエントが私に話してくれている時
とても不安で怖くて話す内容を最初は考えている人もいるでしょう。
藁をも縋る思いで、なりふり構わずに話してくれている人もいるでしょう。
もしかしたら、私に怒りを感じながら話してくれている人もいるかもしれません。
それは全て、「その人が今そういう状態」ということの表れです。
良いんですよ。
その状態のまま話してくださって。
そして、仮に「このカウンセラー大したことなかった!」
そう思って一回コッキリでも良いんです。
この私の一回がなければ辿り着けない答えだってあるかもしれない。
その存在になれたことで私は良いんです。
今これを読んでおられる方の中には、もしかしたら
深くて暗くて闇と恐怖と痛みでぐるぐる回っている人もおられるかもしれません。
だけど、
それでも、あなたは(信じられないかもしれないけれど)
確実に前に進んでいるんです。
このブログではそこをお伝えできたらな…と思っての投稿です。
必要な方に届きますよう 祈りを込めて…
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それぞれだけど
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#410 愛されている確認:他者との比較で分かることは…
愛されているかどうかはとても大事なことではあるけれど…
他者との比較で分かることが必ずしも正解とは限らない。
あの人は愛されていて羨ましいと感じても、それは本当かどうかは謎です。
パートナーの行動で自分が感じることが大切であって
周りがその行動を見て決めることでは無いし
何より貴方がご機嫌かどうかが大事なんです。
今日はべっぺん娘から許可をもらっての投稿です。
べっぴん娘が中学生の頃の話です。
べっぴん娘:「今日友達から『〇〇(娘の名前)は親から愛されてるね。』って言われた。」
私:「ヘェ〜」
この時、私はこれ以上彼女に何か言うことはしませんでした。
自分が愛して欲しい人から愛されているかどうかは気になるところです。
だから、何かを物差しにして、それが愛されている証だと感じた時
自分にもそれが与えられているかどうかで判断し安心したり落ち込んだり…
しませんか?
私はしてました。
ママ友のご家族の話を聞いた時
友人のご両親との会話から
あらぁ〜うちにはそれは無いわぁ〜〜〜
ってなった時ひどく悲しくなって、自分だけ何にも無いみたいな感覚になったりして。
(ここでもし似たようなことを感じる方がおられたら…
ママ友や友人ご家族の関係を羨ましいと感じることに蓋をすることはないですよ?
羨ましいと感じることをいけないことだと抑え込む必要なありませんからね。
それもあなたの大切な感情ですからね。)
他者との比較で分かることはコロコロと答えが変わる危うさがある
私の生い立ちの中に「世間の目」をひどく気にすること。
がありました。
世間で自分はどう見られるかということと
世間の基準みたいなものですね。
だけどその世間って私の家がどの世間と繋がっているかで判断基準は変わる。
例えばお付き合いしている人があるX会社に勤めていて結婚したいとなった時
リサーチするわけですね。
そのX会社はどんな会社か?
そしてある世間のAさんは「その会社を大したことない会社だ」とジャッジする。
でもある世間のBさんは「すごい会社じゃないか。そこなら一生安心だ」とジャッジする。
Aさんから聞いた時は「ダメだ!」
と言ってたのに
Bさんから聞いた後「安心だ!大丈夫だ!」
はて?
です。
同じ会社のことを話したのにAさんとBさんでは何でこうも言うことが違うのでしょうね?
そして何でこうも世間の人が変わることで、こうも判断が変わるんでしょうか?
一人一人立っている場所も景色も違うんです。
Aさんから見たら、そのX会社よりもっと大きな会社に勤めていたのかもしれない。
Bさんから見たら、そのX会社より小さな会社に勤めていたのかもしれない。
だから誰目線での話かによって、その答えは変わってくるという危うさがあるんです。
べっぴん娘はお友達から「あなたは親から愛されているね」と言われた時
彼女がどう感じたかは聞いていないので分かりませんが
愛されていると感じるのは娘であってお友達ではありません。
やりたいことを自由にやらせてもらっている人は愛されている証拠になるのかというと
謎です。
やりたいことを自由にやらせてもらっているようで、当人は
「ほったらかしにされ一緒に考えたり一緒にやってもらえない寂しさを感じている。」
かもしれないのです。
だから他人基準のジャッジなんてそれが答えで正解かというと
とても危険で危ういものです。
比較する時のポイントは…
私、思うんですけどね、(ここからは私個人が思うことです。)
自分がご機嫌かどうかが大事だなって思うんです。
その「ご機嫌でいられる自分」が生まれて来てくれたら嬉しい。
そのプロセスに少し時間がかかるかもしれませんが…
過去なら同じ光景であっても「悲しかったり」「寂しかったり」していた自分が
今では「機嫌よく自分の時間を過ごせている私」が感じられた時
気がつけると思います。
比較は過去の自分と比べてみた時。
…であって欲しいなと思うのです。
過去の自分より少しでも成長を確認できた時に自分だけが分かる確認作業ですね。
そんな比較の仕方ができると良いですね。
2025年が始まりましたね。
今年もよろしくお願いします。
ブログは相変わらず持病の痛み次第なので毎日は投稿できませんが
XとFacebook Instagramは(ほぼ同じ内容ですが)毎日何かしら呟けるようになりました。
ブログに書くほどの内容ではないけれど残しておきたい
そんな内容を投稿しております。
よろしければ見てやってくださいませ。
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#409 人の心は言葉の力に良くも悪くも振動する。
振り返り
今年も一年
ご縁を繋げてくださった方
ご縁をいただいた方
その縁から縁へと広がって助けあえる方ができたことは
本当に感謝しかりません。
ありがとうございました。
本日今年の最後のカウンセリングを終えました。
明日から来年1月3日までお正月休みをいただきます。
お問い合わせは随時受け付けておりますが
カウンセリングのご予約は1月4日以降となります。
お問い合わせページからご予約状況を確認の上お問い合わせいただけますと幸いです。
毎年恒例の干支の引き継ぎ式です。

今年も持病が悪化したり良くなったりを繰り返しながらでしたので
ブログもSNSも休むことが多かったですが
少しずつ少しずつ良くはなって来ています。
特に後半はブログに書くほどのことではない、ちょっとした呟きは
SNSでほぼ毎日何かは投稿していたなと思います。
調子に乗るとすぐにまた痛みが出るので
「あ、またやっちゃった💦」
を繰り返しながらではありますが😂
それでも体さんの声を年々聞けるようになって来ました。
来年も無理ない程度に更新しながら
カウンセリングを行って参りたいと思います。
カウンセリングをしていていつも思うのは
「言葉」にはエネルギーが宿っていて
そして
「人の心」はそれによって振動して
如何様にでもなる。
マイナスにもプラスにも。
言葉を恐れることもあるかもしれないけれど
言葉にどんなエネルギーを乗せるかによって
上手いこと言おうとしなくても
思いは伝わる。
ということも感じます。
そして非言語からも伝わるからね…
時々傷が邪魔して相手の思いを素直に受け取れないこともあるけれど
そんな自分も「ええんやで」ってしてやってくださいね。
それでは皆様
良い年をお迎えくださいね。
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