fujita2011counseling's diary

主に親子関係、夫婦関係、に関する内容をブログでアップしています。

その方の目には、もう境界線など見えていないのです。その目を継承せずに生きましょう。親子関係

奈良県生駒市で 家族問題カウンセラーをしております。

 

主に 夫婦関係カウンセリング 親子・育児相談

(保育士の経験もありますので色々な方向から) 

 

人間関係など・・・

 

心が傷ついて考えても

同じところに戻ってきてしまうパターンが始まったら、

 

一度のぞきにいらしてみてください。

 

お役にたてれば幸いです。

 

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-believe in yourselfー 自分の考えを信じてね・・・

 

 

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アメブロ過去記事7月2日投稿記事より…

 

 

※いつもお読みいただき有難うございますm(__)m


ブログをアップしてもここ最近皆さんの所へお邪魔できず申し訳なく思います。


私のブログで何かの助けになれますことをがあれば大変有難く嬉しく思います。


今日も宜しくお願いしますm(__)m

 

 その方の目には、もう境界線など見えていないのです。
その目を継承せずに生きましょう。親子関係

ってお話です。

 

先日ブログへの質問で境界線についてあったので
今日は、そこをシェアしたいと思います。

ご自身のお身内との境界線です。

親戚とか、嫁ぎ先の小姑とか姑、舅。

ここでは、そこも含めた意味で「親子」に絞ります^^

この内容と似たようなことは
今迄ずぅ~っと書き続けているので…

今さら。。。
ホント今さら!って感じなんですけどね…


でも書こうと思ってPCに向かいました(^^ゞ

これ…どうやって書けばええのやら…
実はまだ定まっていない。

確実に言えることは

悪気がないからと言って

親が子供の人生に踏み込むことは
許しがたい…ってことなんですけどね…


でもねぇ~

これ、ふじたも今、親やってるんで…

親の気持ちも伝わってくるので…

胸が苦しいのね(^^ゞ


(ふじた自身、そりゃ、生きてきたら
色々あるんだから傷もありますよ。

でも、うちの親について言うならば、
一生を左右することについて
反対はされなかったんですよね。

それが、私の支えになってるのは事実なんです。

これを受けているからこそ
他の傷があっても
我が子に対して
そのサポートが出来るんですね。



そしてそれが言えるのも「今」だからです。

つまり・・・
この「今」を迎えるまでの「流れ」があってのことです。)


でね、そうは言ってもね

今、「親」をやってる人が
子供時代に親から自分の領土へ土足で踏み込まれ
荒らされ、収拾がつかなくなり、
収拾がつかぬまま
見たくれだけ大人の姿になって
癒しも許しも起きていないまま
親やってる人が沢山いてね、

で、その人達の
声なき声が聴こえるんです。



もう、どうしたらええんですか!
こないになってしもうて・・・

もう私にはどうすることもできません!

自由ってなんですの?
親ってなんですの?
子供って何?

私かってやってきたんです!

我慢してきたんです!

なんで今の子らは、その我慢をせずに
私等に言いたいこと言えるんですか?


ほんなったら、私のあの時代はなんでしたん?

親の為に
親が歓ぶために
必死で嫌なことも我慢してきました。


お勉強も、家のお手伝いも、学校でも、
一生懸命やってきました。


でも、ある時知ったんです。


お友達の家に行った時、
私の家では当たり前なことが
お友達の家では当たり前じゃない。

なんで、私の親は
私にあそこまで強要したんですか?

やってもやっても親は満足なんてしなかったですよ!


私が親になって、子育てしようとして、

でも、うまいこといかん。

育児書読んでも しっくりこなくて、
なんで自分には出来ないんやろうと思って、、、

でも、考えても分からなくて・・・


なんでですの?


育児書読んだら、

心理の本読んだら

出来る思ったのに

あれと同じように子供と向き合えません。


頭では分かるのに、身体が言うこと聞かんのです。


なんでですの?


゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆ ☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*



ざぁ~っというと こんな声です…


誰が言うてんのか わからんのですけどね、

聴こえるんです。


多くはこんな感じの内容が
クライアントさんから聞かれるっていうのも
勿論あります。


でも、それだけじゃないようで・・・(^^ゞ

ふじたの頭の上で
頭の周りで
上記のような声たちが渦を巻いて
リフレイン…

で、頭痛です・・・💦



助けを求めているって言うよりは
自分で自分の救済方法を教えてくれ!

って感じでしょうか…



でも、仮にお伝えしたとて体は動かんですよね…

例えば、うちでなくてもいいんで
カウンセラーの所へ行きなよぉ~~~

って伝えても・・・行かないんですよ…(^_^;)


色々な呪縛があって、
それを一つ一つ解いていくことで
一本の線で繋がります。

すると、
「なるほど!」
ってなる。

多分、今この記事を読んでくださってる方の中には
色んなブログを読んで廻られてる方も
おられると思います。

そしたら、読んでて自分の心が反応するブログに
出会うことあるでしょう。

思わず涙が出てきたり
笑いが出てきたり
スッキリした気分になったり
怒りが出てきたり…

涙は癒しの一つですし
笑いもポジティブに導いてくれるかもしれません。

でも
「スッキリ」

「怒り」
の場合はちょっと違うかも。

「スッキリ」の場合は
一時的に自分が隠し持っていた怒りを
代弁してもらったことで
そのブログを読んでスッキリしたと脳が感じる。

ちょっとした誤魔化しの薬みたいな感じです。


あまり自分で言いたくないですけど、
ふじたのブログはそういう意味では
一時的な薬みたいなもんかもしれません。


ですから、ある一定の時間が過ぎると
又怒りが出ます。


はい、ここからは「怒り」についてです。


冒頭にあげた誰かの声たち。

怒ってるんですね…



自分が自分の人生を生きてこれなかったことに…


けど、それさえ気がついていないし、
気がつきたくない。

気がついてしまったら
今迄の自分の人生を否定することになる。

だから
全ては他人のせいにせずにはいられない。

他人のせいにすることで
何とか自分を奮い立たせて
生きてこられたんですから。

(そういう意味では一時は誰かのせいにしないと
生きていけないことだってあるんですよ^^)

今さらこの怒りを手放すことは出来やしない。

もし、この怒りを手放したら

自分はどう生きてったらいいのか分からなくなる…


怒りは自分の生きるためのエネルギー源。

誰かを悪者にし

誰かに責任を擦り付けることで

一時的に脳をだまくらかし

正義のヒーローになることで
自信の無さと 劣等感を埋め尽くす。

幼かった無力な自分を
無かったことにする為に。



そうなったプロセスはというと…

幼い時期に 生き延びるために
自分を殺して沢山の我慢を強いられてきた
自分がいるんですよね。


沢山の傷を抱え持ち、
もう傷つけられても痛みを感じないように
麻酔を打って、自分を痛めつけてきたんですよね。


だから、今、抑えていた怒りを
抑えられなくなって混乱状態。


そしてそれがendlessです。

相手が子供でも、姑でも、舅でも、嫁でも、夫でも、
誰でもええんです。

誰だっていい。

究極

お買いもの先のスタッフでもいい。


お水がすぐ出てこない。

商品の包み方が雑。

挨拶がない。

愛想がない。


何だっていいんですよ。


手当たり次第です(笑)


でも、これね、やってる本人だって
本当は とっても苦しいのです。

今のこの自分を
恐らく愛せてなんていない。

こんな自分・・・

こんな自分を 自分が一番嫌ってるんです。

そして
そこは見ないで、
他人から嫌われることを実は最も恐れている。

恐れているのに、
嫌われるような憎まれるような役ばかりを
何故か担ってしまう。

この人は、苦しんでいます、本当に・・・

けど、強さを見せつけ弱さを必死で隠しています…


本当に強い人は己の弱ささえも
自ら受け入れ
認め
さらせるというのに…



境界線がない人は、
時に正義のヒーローにでもなったつもりで、
誰かの問題を自ら買い取り
解決してあげようとします。

頼まれもしないのに・・・

境界線がない人は
若い息子夫婦について
プライベートなことにまで顔を出し
解決してあげようとします。

境界線がない人は
我が子たちの問題をすべて引き受け
解決してあげようとします。

そうやって相手の成長を妨げていることに
気がつけずにね。

だから、相手はいい迷惑です。

頼んでないんだからね。

でも、頼まれなくても、
自ら気を利かせて動いてやったのに…

そっちから言えないだろうと思って
先に動いてあげたのに…

・・・と逆恨みするんです。

この逆恨みが、
相手を憎み
関係がこじれる切っ掛けになります。


ただ、良い人をしたいだけ。

ただ、優しい人と思われたいだけ。

ただ、慕われたいだけ。


そこに、こんな目論見が実は隠れていたりします。
いわゆる 「世間体」 ってやつを
重視する親に育てられた人たちです。

(本人は絶対に認めないけどね…
また、そういう親ばかりじゃないけどね。)



それもこれも、他人との境界線が持てないのは
受け継いだ連鎖があります。

誰も信用してはならぬ…

これです。

だからこそ、親の言う通りに生きさせることで、
親が自分が受けた傷を我が子に受けさせまいとして、
かえって自らの手で我が子を傷つけるんです。

(これが厄介だよね。
だってこれさえ親の傷やし親の問題やし(-_-;))



押し付けの愛も
条件付きの愛も
厳しいことを言われて抑圧かけられても
コントロールや支配をされていても

すべて、それらは「愛」だと仕込まれる。

相手の気持ちではなく

自分がどう思われたいかに重きを置くので

相手が自分の思う通りの反応をしないことで
逆切れもする。


本当は

押し付けの愛も
条件付きの愛も
厳しいことを言われて抑圧かけられても
コントロールや支配をされていても

それを愛だなんて思っていなかった。

知ってたんです。

薄々は気がついてたんです。

でも、それを指摘することも出来なかった。

生き延びるために

これが愛だと思い込ませてきた。


そうでないと

生き延びることが出来なかったから

自分で自分の脳を騙し続けたんです。


その抑え込んだ感情の怒りが



もがき苦しみながら

助けを求め

でも、助けを求められぬまま

息絶え絶えに

ようやっと、どうにか 呼吸しています・・・


自分を痛めつけ

自己犠牲をし

他人の為に生きることを強いられてきた



「でもこれからは、生き方を変え

自分の人生の為に生きて良いのです。」



そう伝えても


「今さらなんや!」

って怒ってます・・・


もう、その方には
境界線など見えはしないのです。


もう、その目も

ほとんど潰れてしまって

見えなくなっているのですから…


だから、その目で育てられた子供も

ほとんど見えていないんです。


カウンセリングによって
ぼんやりでも、見えて来たなら

回復の余地は十二分にあります。

時間はかかっても

その目をもう一度見えるようにして生きましょう。



今日は

「その方の目には、もう境界線など見えていないのです。
その目を継承せずに生きましょう。親子関係」

ってお話でした。


今日はまた、しんどい内容になってしまいました。

お許しを・・・

※ここでは、あえて色眼鏡という言葉は使いませんでした。
眼鏡は一瞬で取り外し可能です。
ですが、実際はそう簡単に「境界線」は
見えるようになるものではありません。

ですから、

「(視力の)回復」

という言葉にしました。





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