fujita2011counseling's diary

主に親子関係、夫婦関係、に関する内容をブログでアップしています。

生々しい深い傷を今まさに受けたばかりの人へのサポートとは・・・親子、夫婦、友人関係

奈良県生駒市で 家族問題カウンセラーをしております。

 

主に 夫婦関係カウンセリング 親子・育児相談

(保育士の経験もありますので色々な方向から) 

 

人間関係など・・・

 

心が傷ついて考えても

同じところに戻ってきてしまうパターンが始まったら、

 

一度のぞきにいらしてみてください。

 

お役にたてれば幸いです。

 

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-believe in yourselfー 自分の考えを信じてね・・・

 

 

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アメブロ過去記事10月6日投稿記事より…

 

 

※いつもお読みいただき有難うございますm(__)m


ブログをアップしてもここ最近皆さんの所へお邪魔できず申し訳なく思います。


私のブログで何かの助けになれますことをがあれば大変有難く嬉しく思います。


今日も宜しくお願いしますm(__)m

 

 「生々しい深い傷を今まさに受けたばかりの人へのサポートとは・・・親子、夫婦、友人関係」


「いつまでも、あると思うな親と金」

あ、いえ(^^;)

「愛する者」

今日の内容はちょっと重いです。

しんどくなる方がおられたら逃げてくださいね。

今日の内容は、
今まさに生々しく
深い傷を受けたばかりの方への
サポートについてです。

例えば、愛する者を亡くした方への。。。

私は時々、親子関係、夫婦関係について
カウンセリングに来られた方で、

「もし、パートナーが
明日亡くなったらどうしますか?」

と尋ねるときがあります。

リアルに想像できるように
色々言葉を掛けて行きます。

意地悪いでしょう?

でも、その時感じた感情は、、、

本物だと思います。


愛する者を亡くした人には、
自分に似たような経験がないと
なかなか怖くて近づけないものです。

どう接していいかわからないからです。

愛する者を失った恐怖。

その人にとっての愛する者の対象が
犬だろうが
猫だろうが
ハムスターであろうが
亀だろうが
コオロギだろうが、

関係ありません。


さて、今日の対象は
「愛する者を亡くした人」
ではなく、
「愛する者を亡くした人」

「周りの人」・・・がテーマです。


人は「死」について言葉にすることを
嫌います。

いつかは誰もが死ぬのに、
そんなことについて話題にすることを
嫌うのです。

理由は、なんででしようか?


「死」は避けては通れないことだと
分かっているけれど、
そこに目を向けることは、
自分もいつか死ぬということを
否が応でも受け入れなければいけない。
でも、受け入れられない。

だから、その話題から避けるんですね。


これは「愛する者を亡くした人」にも言えます。

亡くなってしまったことを
認められるようになるまでに
どれだけの年月が必要か・・・


先日、東京へ行った時に
ゆうじさんからヒブノセラピーを受けてきました。

亡くした人を対象にした「悲嘆療法」です。

ふじたは子供たちを亡くして
もう20年以上の年月が経過しております。

ゆうじさんのヒブノは
ゆうじさんが亡くなった人について
何か言うのではなく、

私が感じたことを言うので、
「カウンセラーセラピストが○○と言っていた。」
ではなく、
「ふじたが亡くした子供たちと
潜在意識を繋げて再会して、
その姿を見てお話していく」 ので、

超リアルでした。



逝った年齢が若ければ若いほど、
その子は自分の身に何が起きたのか
理解できないで居たりします。

それは、こうとも言えます。

実は幼い子供であれば母親・父親が
子供の死を受け入れられていないからこそ…
それが亡くなった子供の潜在意識と繋がって…

かもしれません。


経験がある方ならお分かりでしょう。

経験がない方、想像してみてください。

この、現象が、物語っていますよね?

愛する者の
死を
受け入れるということの、
恐怖

困難さが

いかほどか…


そういう経験をした者は、
似たような人の葬儀には
参列できなかったりします。


ふじたの夫もそうでした。

同僚の方が亡くなった時、
式場まで行ったにも関わらず
参列できずに帰宅したことがありました。

葬儀に参列する、参列しない、どちらにも理由があります。



また、若い時期に
親を亡くした経験をもつ父兄から
こんな相談を受けたことがありました。

ふじたの子供たちが中学生の頃、
他クラスの父兄からの電話が鳴りました



「自分の子供のクラスの親御さんが
亡くなったからと言って、
緊急連絡網で葬儀の時間の連絡が
入ったんだけど、参列すべきなのかしら?」

自分の親を亡くしたその生徒は
参列してくれた同級生親子が
数珠をもって
自分の親に手をあわせる姿を
見続けることになります。

「親しかったわけでもないうちの子が
私(親)と一緒に参列されて嬉しいのか?
逆に親しかったっとしても、参列できないわ。」

そう言っておられた。

こちらも書いたブログあります。
サポートとは まず本人がどうしたいと思っているのか確認することやろ?イケメン息子の想いから。

勿論、ふじたの夫も、この他クラスに父兄も
自分の過去と少しばかりリンクして
刺激が走ってこういう感情になった。

それは事実でしょう。

それだからと言って気にすることはない。
参列したらええやん。

(このあたりについては
後半でしめたいと思います。)


何が言いたいかと言うとね、
愛する者を亡くした人に対するサポートって
「何もしないこと」
がサポートだったりするってことです。

愛する者を亡くした人は周りから

「あなたが泣いてばかりでは、
天国へ行けなくなってしまうわよ。」

って言われたりします。

この言葉は残された者にとって
その人を勇気づけ、
元気にする言葉だと思いますか?



こんな言葉を掛けられたら
間違いなく、この人に対して
心のシャッターを下ろすでしょう。

表面上は上手いことやっててもね。




「あなたが泣いてばかりでは、
天国へ行けなくなってしまうわよ」



・・・残酷な言葉ですね。




ドン突きまで落ち込むことを許されなかった人は
心を病むと長引きます。


ドン突きまで落ち込むことが出来た人は、
ドン底を見たからこそ、
もう、上がるしかないところまで落ちたからこそ、
這い上がれるんです。


深海を知る権利もあります。

上るか上がらんかも本人が決めることです。


上ると決めた時、
本人のなかで脳裏に浮かび
最初に連絡したいと思い
会いたいと思った人が

「最善の人」

なんだと思います。

もし、その最善の人に
自分が当たったなら、
あなたは何も語る必要はなく、
ただ、そこに居ることで十分です。

10代の若い人たちが
アドバイスを最も嫌うように、
この人に会いたいと思って連絡し
選ばれた人は、

何も語る必要はありません。

ただ、そこに行って
傍に居るだけで十分です^^


何もしない。

何も言わない。

それがサポートになることもあるんです。

葬儀に参列しないことは、
自己満足かもしれない。

何もしない、何も言わないことも
自己満足かもしれない。

だけど、

深い深海に居るときに、
無理やり海辺に連れ出されたら
その目はどうなるかご存知ですか?

潰れてしまうんです。

無理やり海辺に出す行為こそ
自己満足の極みです。


相手の呼吸に合わせること。


それが最善のサポートなんです。



「生」が陽ならば「死」は陰です。

何処かで生まれる命もあれば
逝く命もあるんですね。

当たり前なんだけど、、、
陽は受け入れられても
陰はなかなか受け入れられない・・・


突然やってくる愛する者の死は、
その人にとって
その人のなかだけ時間が止まってしまい、
混乱のなかどうにか生き続けます。

当たり前だった日常を失い
当たり前ではないはずの日常を
生きなければならず

長いトンネルに光は無く
心は荒んでいきます。

それでも、今は考えられないけれど
いつか超えて行かれます。

必ずね。

周りの方々のサポートは
それは大変だと思います。

サポーターの方々も
ご自身にサポーターを作ってください。


そうすることで、困難が和らぎます。

そして何より、

サポーターは、

その人には超えて行ける力がある。

と信じることです。


私等にはそれしかできません。


いいえ いいえ

それが出来なければ、

サポーターにはなれません。





今日は、私がこの世に生を授かった日です。

陰と陽

生まれる命もあれば

逝く命もあるってことを

自分が生まれた日に
感じることが出来る自分になった。

・・・ってことですね。


この世に命を頂いたことは感謝です。

頂いた以上は

自分の人生を生きるために
使わせていただきます。

それが、周りの人達にも
必ずプラスに働くと知ったので。




今辛いあなたへ・・・

今、この瞬間も生々しく傷ついて辛いなら
どうか
周りに助けを求めてください。

周りに、自分はどうしてほしいのか

訴えてください。


一人にして欲しいのか

何も言わずにただ傍に居て欲しいのか

監視しないで自由にさせて欲しいのか

信じて欲しいのか

眠るのが怖くて眠れないので
眠りに落ちるまで傍に居て欲しいのか

行って見たい場所があるけれど
一人では怖くて行けないから
一緒に行って欲しいのか

何でもいいんです。

具体的に伝えてください。


サポーターはあなたの力になりたいけれど
やり方に自信がないからね
具体的に言ってもらえると安心します。




サポータのあなたへ・・・

サポーターは、余計な考えは捨ててください。

それ要らんお世話です。

ただ、傍に居るだけで十分ですから・・・

もし良ければ、カウンセリングをお考えください。

何故なら、

サポートが分からないってことは
自分自身が今迄孤独で
助けがなく
頑張って来たってことです。

その人に
「良きサポートしなさい。」
って言われても

それは残酷です。

カウンセリングによって
過去に受けたかったサポートを
しっかり受け取ってください。

そうすることで、
傷ついたその方のケアがしやすくなります。


つまり、これ、
親子関係、夫婦関係でも言える
カウンセリングと同じなんです。

全ては繋がっています。



今日は

「生々しい深い傷を
今まさに受けたばかりの人への
サポートとは・・・親子、夫婦、友人関係」

についてでした。



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リクエストくださる方は必ず一言
メッセージをお願いします。m(__)m

 

 

 

 

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