fujita2011counseling's diary

主に親子関係、夫婦関係、に関する内容をブログでアップしています。

「ただの押し付け」昨日のブログのメッセージから・・・(アメブロからのメッセージです)

奈良県生駒市で 離婚カウンセラーをしております。

 

主に 離婚・修復カウンセリング 親子・育児相談(保育士の経験もありますので色々な方向

 

から) 人間関係など・・・

 

心が傷ついて考えても同じところに戻ってきてしまうパターンが始まったら、一度のぞきにいら

 

してみてください。

 

お役にたてれば幸いです。

 

fujita counseling ふじたカウンセリング believe in yourseif -あなた自身を信じてー


http://www.fujita-soudan-nara.com/

 
昨日書いたブログにコメントではなくメッセージが届きました。

そのお返事を書いていて思ったことを、ここでもシェアさせてくださいね。


「薄っぺらな言葉」にはね、オリンピック選手のエピソードもありました。

オリンピックに出場し、皆の期待に応えられず、メダルをとって帰国できなかった選手が

どのインタビュアーに名前を呼び止められてもスタスタと歩いてくのに、

オリンピック出場経験者で、しかも同じような経験を持つインタビュアーに対しては

名前を呼び止められたとき振り返るんだそうです。

(この人にならインタビュー受けてもいい、

自分の気持ちを理解できない者から「薄っぺらな言葉」で声を掛けられたくない)

そう思わせるのかもしれませんね・・・

人に寄り添うっていうのは、難しい。

下手に声を掛けたりすると、それは相手にとって「邪」にしかならないことがあるんですね。

つまり、それは

「ただの押し付け」にしかならないときもある。


それは例えばこれから経験して勉強し気が付いていく内容であっても

大人は 時に その「経験を体験する権利を奪ってしまう」ことも多々あります。

特に我が子に対しては痛い経験はさせたくない思いからですね・・・

でも、その痛い経験をさせたくないと感じた貴方自身が、

経験した時にサポートがなく傷が傷のまま残り癒されていないから、

子どもにその似たような経験をさせたくないと思ってしまうんでしょう・・・

それは、今、まさに、子どもの身の上に起きていることが、

今、ここで、自分の身の上に起きているかのような錯覚に陥って・・・


「経験」をまだしていない者にとって 「経験者の話」は、

時にこれもまた「邪」になることもありますね・・・

例えば「育児」だったり「夫婦」だったりカテゴリーが同じでも

悩みの中身は同じものは一つもないし、

似た悩みだったとしても、乗り越え方は個々違って当たり前なんですね。

「私のときは○○だったから、あなたも○○したらいいと思うよ。」

これは、押し付けですよね。

「あなたの場合はそうであったとしても、私の場合は決して同じようにはいかない。」

学習塾で同じプリントを同じ速さで誰も皆、回答できるわけがないように・・・


寄り添うとは、・・・

傷を負って帰宅した時に

ホントの意味で寄り添ってもらえたら・・・

妙なアドバイスもいらない、ただただ、暖かく見守り、包み込み、

泣きたいだけ泣かしてもらえ、怒りたいだけ怒らせてもらえたら・・・

その感情にとことん付き合ってもらえたら、どんなに安心するでしょうか・・・

そういう家庭が沢山できたなら

暖かい家庭の集まりが、暖かい社会を生み・・・

この世界までも変わると思うんだけどなぁ~・・・


ちょっと ふじたのスケールでかっ!!のつぶやきでした。

ただの押し付けは、「邪」   でした^^